性能と空間的価値のバランスを
~100年先の家づくりを見据えて~
2025.11.20小売業期

創業120周年を記念して1年間にわたり連載してきた本コラムも、いよいよ最終回となりました。締めくくりの特集として、建築計画・環境心理行動学の専門家であり、ものつくり大学 技能工芸学部 建設学科/地域木材・森林共生研究センター長の戸田都生男教授にお話を伺いました。過去120年の住宅の歩みを振り返りつつ、これからの家づくりの姿を考えます。
性能偏重の家づくりに欠けているもの
「学生に家の空間的価値を伝えるとき、私は“ダメージ・ジーンズ”の話から始めます。」
戸田都生男教授は、そう話してくれました。
近年の住宅は、気密性や断熱性といった性能向上に傾きがちです。しかし、それだけでは“穴をきれいに繕ったジーンズ”のように、本来の味わいや魅力を失ってしまうのではないか――と。
戸田先生は、日本の住宅約120年の歩みを振り返りつつ、性能と空間的価値の両立こそが、これからの家づくりに残る条件ではないかと語ります。さらに、大学の建築教育と社会との間に横たわるギャップへの葛藤も交えながら、未来の家づくりの現場に求められる視点を示しました。
次章では、戸田先生へのインタビューを詳しくご紹介します。
武家屋敷からサザエさんの家まで―住宅120年の変遷
桝徳さんの創業120周年を記念した今回のインタビューを機に、改めて過去約120年―明治後半から現代までの日本の住宅の在り方を振り返ってみました。
明治時代の住宅には、江戸時代から続く武士住宅の名残が見られます。現在のような“一家団らん”を重視したリビング中心の家ではなく、来客をもてなすために設計された家が主流でした。家の中に、来客を迎える表のエリアと住人が住まう裏のエリアがある状態です。

※農村住宅・漁村住宅・町家・長屋などの変遷は省略
その後、戦前にかけては、和と洋が入り混じった洋風住宅や中廊下型住宅が定着していきます。わかりやすく言えば、TVアニメ『サザエさん』に登場する家のような形式です。そこから、現在のような“モダンリビング”―一家団らんを重視し、プライバシー確保のために個室化が進んだ住まい、つまり『ドラえもん』に登場するのび太くんの家のような住宅が一般化したのは戦後のことです。
高度経済成長期以降、住宅は工業化が進み、地方続き間型や、商品化住宅と言われる都市LDK型、集合住宅型といった類型が普遍的な存在として残りながらも、多様なタイプの住宅が混在する時代へと移っていきました。
聴竹居(ちょうちくきょ)に見る住宅性能と空間への工夫
このような住宅の変遷を見る中で、注目しておきたい住居の1つに藤井厚二の聴竹居があります。1928年に木造モダニズム建築として、環境共生住宅の原点ともいえる傑作が既に実現されていたのです。

外観は、昔の一般的な日本家屋のようにも見えますが、中を見ると、現代に通じる環境性能であったり、空間への細やかな工夫が至る所に施されています。

空間の意匠に目を向けると、当時の洋風化の流れが見て取れるような内壁のアール形状だったり、開閉した時に窓の格子が美しく重なるように設えてあったり。もっと細かいところで言えば、ビス留めの頭の向きを揃えているとか、既製品のサッシではできないというか、一見、無駄と思われるような細かな配慮が施されており、空間の質を高めています。

また間取りも、子ども部屋の机の壁面に建具があり、開けて空間を一体化できるようにしてあり、中廊下式住宅のふすまの仕切りをアップデートしているように感じます。
環境性能についていうと、1928年にこの家は建てられているわけですが、既に現在に通じる環境的な配慮もされています。風を取り込みやすい開口の開け方だとか、風の通り道はもちろん、クールチューブで一定温度を保つ地中の空気を室内に取り込むようにしたり、屋根裏と壁の中を空気が移動できるようにした今でいうパッシブデザインの機能を設けたりしています。
プラモデルのように造っては壊される家
聴竹居のように、その時代を代表するような家を見てみると、現代に通じる住宅の環境性能と、空間へのこだわりが詰め込まれていて、学びや驚きがあります。
そういうインパクトという点は、現代の家には少ないように感じます。前述した聴竹居は大切に保存されて今も多くの人が訪れていますが、数量的に見れば工業化されて、プラモデルのように組み立てていくような均質な家が多い。そんな中で、家とはそういうものだろうと受け入れる人もいれば、聴竹居のような家に住みたいと考える人もいる。それが現在の状況だと思います。
でも、そうやって建てられた私たちの親世代である団塊世代の家は、子世代が独立して家を出ると個室も物置になったり、次世代に継承されずに余ってしまい、空き家として放置されたり、壊して新築に建て替えてしまいがちなのが現状です。
私の実家もそうで、私たち子ども世代が出て行ってしまい、2部屋分が余ってしまっている。『ドラえもんの家』だって、『ちびまる子ちゃんの家』だって、子どもたちが家を出ていったら部屋が余ってしまう。各地域でインフラ設備が整っているのに、家が役に立っていないのが現状で、とても大きな問題ではないでしょうか。このような住宅を放置や解体・新築する以外にも、ストックして活用する改修・リノベーションの可能性はまだ計り知れないはずです。
性能だけでは測れない“住まいの価値”
このように住宅の変遷を振り返ってきましたが、必ずしも古き良きものへ回帰したいということでも新築だけが良いわけでもありません。全て変えられるわけでもないですから。
最近、家と言えば住宅性能が話題にのぼり、住まい方は性能に任せればいいというように、性能重視になっていると感じています。本来、家とは環境性能と空間的価値を両立させていくものではないか、それらの調和のとり方が大切と考えているからです。
家と住まい方をつなぐ建築家の思想
かつて建築家の清家清(せいけきよし)が提唱した、「house=ハードないえ(家) home=ソフトないえ(家族)」という思想があります。「house」は、物理的に動かせないハードな建築物としての家を指すのに対し、「home」は、そこで快適に暮らすための設えや使い方といった、ソフトな空間的価値までを含むものだと考えられます。

※八代先生はかつて建築家の清家清を師事した)
清家氏の自邸として1954年に建てられた「私の家」を見てみると、空間的価値、homeの部分も造り込まれていることがよくわかります。

5m×10mの小さな家でありながら、廊下や玄関ホールを排除して合理的な動線にしたり、トイレの建具をなくしたり、各室も簡易な間仕切りで一室空間にするなどの工夫が見られます。

また、庭と床の高さの差を最小限として、庭と床の両方とも石畳仕上げにして緩やかにつなげることで、「狭さを救って」います。こうした空間の価値を高める創意工夫が今の性能を重視した住宅にも導入できるといいなと思っています。
住まいにダメージ・ジーンズ的ゆとりを
こうした空間的価値と環境性能の話を、大学で学生たちにするとき、私は冒頭のダメージ・ジーンズの話から始めることにしています。
ダメージ・ジーンズは見た目のデザインとして破れがあったりしますが、お洒落にはけるものですよね。もしかしたら、夏に破れから涼しさを感じる人がいるかもしれません。冬は寒いけど、少しくらい我慢してお洒落さは損なわない。身につける人が何を優先するか、どんな価値観を持っているか。でも、中には「寒そうだから縫い付けてあげる」といって縫ってしまうおばあちゃんなんかもいるかもしれない。
家を建てる現場では、「気密や断熱性が低いから、ここは充填しよう」と壁をはがして断熱材を入れたり、外壁面の気密性も向上するということが行われていますが、ライフスタイルによっては、気密や断熱材は部分的に行うなどほどほどにして心地よく暮らすケースもあるわけです。こんなことを言うと怒られてしまうかもしれませんが、私はダメージ・ジーンズの穴を全て縫い付け塞いでしまうのと同じような行為だと感じるのです。
住宅性能一辺倒ではなく、選択肢の一つとしてダメージ・ジーンズ的ゆとりが、今の住宅や住まう人たちにもあってもいいのではないかと考えています。建築現場でいう「遊び」は部材同士などの隙間やゆとりで何かとスムーズにするニュアンスです。考え方も遊び心を持って柔軟にいきたいです。
消えていく「設計したい学生」
こうしたダメージ・ジーンズの話を学生にするのは、わかりやすくイメージさせるためだけでなく、今の性能重視に傾いている住宅業界や実社会の住まいの現状で、空間的価値の話をするには乖離があると考えていて、そのギャップを埋めるためにも話しています。
聴竹居のような家は、学生にとっても興味深いようですが、昔よりも「自分の家は自分で設計したい」と考えている学生が少ないように感じています。そして私たち教える側も、学生に「設計の勉強をしているのだから、自分の家を設計したらいい」と、なかなか言いにくくなっています。たいていの学生が「設計したい」と言いながら、就職先は設計ではなく、求人数も多い現場監督を選ぶことも多いです。自ら設計するよりも商品としての高性能な住宅を好んだり、とにかく自分で制作したいという学生はいても、建築家やその設計事例に興味を持つ学生は多くないです。
大学では、家の空間的価値についても教えますが、現在の家づくりの現場ではあまり役に立つものでもないので、教育はより現場や社会のニーズに追従していくようにしないといけないと思っています。
しかし一方で、そうした今すぐに「役に立たないかもしれないこと」がいつか役に立つのではないかとも思っていて、矛盾した考えを抱えながら住宅の設計力が空間の価値を高める可能性を探索しています。自ら設計しないにしても、設計による空間の価値の魅力を知る住まい手や職人、監督などにはなり得ます。
工務店が未来に伝える“空間の価値”
現在は法律的にも住宅性能を優先せざるを得ない時期です。そして、高性能になればなるほどプロにお任せせざるを得なくなり、空間の価値が置き去りにされたような商品化された家が増えてきています。
そうした中で、空間の価値を重視した家を増やすためには、住まい手の要望がもう少し顕著にあらわれてくるといいのかもしれません。住まい手が空間的価値について知るようになってくれば、要望が変わり、その要望に応えるようにつくり手も変わっていく必要があります。
また、例として挙げた「聴竹居」や「私の家」のような空間的価値については、工務店さんや建築士さんの方が詳しい。だから、こういう家もあるんですよと、住まい手へ提案してほしいと思っています。
120年の歩みの先に見えるもの
性能の追求だけではなく、空間的価値への配慮 ―。
戸田教授の言葉から見えてきたのは、数値だけでは測り難い「空間の価値」をどう次の世代へつなぐかという問いでした。高性能化が進むほど、家づくりはプロの領域に閉じがちですが、そこには住まい手と工務店や設計者が共に考える余白が必要です。100年先の現場を見据え、私たちはもう一度、“心地よさ”や“遊び心”といった感性の価値を再考する時を迎えています。この先100年続く家とは、そうした空間と性能の調和が取れた先に答えがあるのではないでしょうか。

戸田 都生男 (とだ つきお)
1975年 兵庫県赤穂市生まれ
博士(学術)・一級建築士
建築計画・環境心理行動学・木造住宅設計が主な専門。
ものつくり大学 技能工芸学部 建設学科 教授/ 地域木材・森林共生研究センター長
▶木造建築・環境デザイン研究室HP